おしらせ

2017-11-03 20:37:00

会社(法人)を閉じるのにも、かなりお金がかかることに注意しましょう。

会社(法人)を設立するには、通常30万円程度の費用と報酬がかかります。

設立をするのにそれなりにお金がかかるのは何となくイメージがつく方も多いかと思いますが、実は会社(法人)を閉じる(解散させる)場合も、設立以上の費用と報酬がかかることが多いので注意が必要です。

 

というのも、会社を閉じるためには、

①解散登記

②清算決了登記

と二段階の登記が必要です。

またその各段階に税務の申告も必要です。

つまり会社を閉じるためには、登記も2回、税金の申告も2回となり、実費や報酬がかさんでしまうのです。

 

さらに言えば、会社が債務超過の場合は、上記の方法で会社を閉じることは出来ません。その場合は、必ず「破産」しなければならないからです。

そして、「破産」となると、一般的なケースでは裁判所に納めるお金だけで100万円(会社と代表者の同時破産の場合)以上するのが原則です。

 

普通、会社を設立するのは事業がうまくいっているからで、会社を閉じるのは事業がうまくいかないからという理由が多いはずです。なのに、なぜか手続き的には、会社の設立よりも会社を閉じる方がはるかにたくさんお金がかかります。しかも、閉じる時の会社の経営状況が苦しければ苦しいほど、よりたくさんの費用がかかります。

何か矛盾しているのでは?と思うのは、自分だけでしょうか。。。

 

なお、会社を閉じる手続きが出来ずに、そのまま放置した場合はどうなるのでしょうか?

この点登記については、株式会社については「12年間」登記をしないまま放置しておくと、法務局の方から通知が届き、何も反応しないでいると職権で解散登記されます。(ちなみに一般社団法人は、「5年間」放置しておくだけで、職権で解散登記されてしまいます。)

問題は税金です。会社は、利益が出ても出なくても、「均等割」という一定の税金がかかるため、会社を閉じないとその税金がずーっとかかるということになってしまいます。

ただ税務署で「休眠」の手続きをして、「均等割」を減免してもらうことは可能なようで、実際の所それが出来るかどうかは税理士さんに一度相談されるといいのではないかと思います。

2017-09-30 12:09:00

相続放棄は、「相続開始を知ってから」3か月以内にするのが、原則です。

相続財産に債務(借金など)があった場合、「相続放棄」という手続きを裁判所で行わないと、債務を引き継いでしまいます。仮に、相続人同士で話し合って、債務をゼロにしてもらたっとしても、債権者に対する関係では債務はゼロに出来ず、債権者から請求されたら債務を支払わないといけません。

 

ということで、特に相続財産に債務があった場合、「相続放棄」という裁判所で行う手続きは大変重要な意味をもつのですが、この「相続放棄」は条文上「自己のために相続の開始があったことを知った時(起算日)から三箇月以内に」しないといけない(民法915条第1項)に定めがあるので、注意しましょう。

 

 

この「自己のために相続の開始があったことを知った時」というのは、条文の言葉の意味から考えて、単純に「被相続人が亡くなったことを知った日」という意味ではありません。ただ、普通は被相続人が亡くなったことをしれば、その財産を相続することはわかるので、一般的には「被相続人が亡くなったことを知った日」から3か月以内に相続放棄をしなくてはいけないと思います。

 

ちなみに、この点については判例があり「3か月以内に相続放棄をしなかったのが、相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当な理由がある場合には、民法915条1項所定の期間は、相続人が相続財産の全部もしくは一部の存在を認識した時または通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である。」(最高裁昭和59年4月27日判決)とされています。

つまり、被相続人が亡くなったことは知っていたが、相続財産が「全く」存在しないと信じるに相当な理由がある場合は、「相続財産の全部または一部を認識できた日」が起算日になります

 

ただ、「相続財産が「全く」存在しないと信じるに相当な理由がある場合」というのも、そうそうあるとは思えません。普通は、完全に1円も残さずにお亡くなりになられる方はいらっしゃらないからです。

したがって、基本的には「本人が亡くなったことを知った日」から3か月以内に相続放棄をしなくてはいけないのが原則と考えた方が無難だと思います。

 

 

なお、「自己のために相続の開始があったことを知った時(起算日)」が何月何日だったかというのは、相続放棄の手続きを行う際に、「自己申告」します。そして通常は、そこに証拠や資料を添付する必要はありません。ですから、放棄の手続きの際に、3か月以内の日付を自分で書いてしまえば、そのまま放棄が認められてしまうケースもあるかもしれません。(だからといって、嘘をいっても大丈夫ですよ、ということではありませんが(笑))

 

 

※いずれにしましても、これらの話は、相続財産に「債務」がある場合には特に重要ですが、プラスの「財産」しか残っていない場合には、そこまで大きな差はありません。

というのも、プラスの「財産」しか残っていない場合には、単純に遺産分割協議で「自分は財産はいらない」といえば、法律的に権利は帰属しないわけで、わざわざ裁判所で手続きをしなくても結論はそう変わらないからです。(世間一般で「放棄」といっている場合の意味は、半分以上はこちらの意味でつかわれていることが多いように思います。)

ただ、この場合は法律上の完全な「放棄」ではないので、何か手続きの際に、また印鑑証明書を出したり、意思確認に応じなくてはいけない「可能性」はあります。そういう意味では、他の相続人と完全に一切関与したくないという趣旨で「放棄」するのであれば、裁判所で放棄した方がより完璧です。

また債務がある場合は、前述のとおり仮に「自分は債務は負わない」と言って他の相続人の了承を得ても、債権者に対してはそのようなことは言えません。したがって、債権者から債務の支払いを請求された場合には、債務の支払いに応じなくてはいけません。

2017-09-18 10:25:00

連帯保証人と、民法改正(※民法改正の施行は2020年前半の予定です)

相変わらず連帯保証人をめぐる「悲劇的な」相談が、多く寄せられます。

詳しい内容は守秘義務の観点から言えないんですが、それにしても・・・という話が多すぎます。

 

色々と思うのですが、一つは、連帯「保証」という言葉が悪いんじゃないかと。連帯保証というのは、仮に本人がお金を払える力を持っていても、連帯保証人は(請求されたら)全額を直ちに払わなくてはいけないわけで、実際には本人と一緒に債務を支払う義務を負うことと変わりありません。違うのは、「債務」じゃなくて「保証」という言葉を使うことくらい。。。

もちろん、債権者からしてみれば連帯保証という制度は大変ありがたい制度です。ですから、保証人になる人が連帯保証の意味を理解した上で保証人になるのであれば、お互いが合意して話が成り立っている以上、自由主義で自己責任の日本の中では特に問題とすべきではないんでしょう。

 

ただ実際にはそうそう理屈通りには世の中は回らないわけで、「保証」という言葉のイメージから、「本人が払えない時だけ責任を負えばいい」と勘違いして連帯保証人になる人がきわめて多いのも事実です。

 

いっそのこと「連帯保証」という言葉を使えないようにして、全部「連帯債務」とかいった、連帯して「債務」を負うことがはっきりわかる言葉の方に統一すればいいのに・・・と思わなくもありません。連帯保証も連帯債務も法律的にはほとんど差がないのに、あえて「保証」という言葉をつかって契約を結ぼうとするのは、実は、軽~い詐欺じゃないかとすら思ってしまいます。ただそこまではっきりやってしまうと、連帯保証人になる人が減ってしまい、人的保証の制度に頼りきった日本の金融界や、融資を受けたい人が困ってしまうことになるという問題もあるでしょう。

 

ちなみに、今年の5月に成立した民法改正では、保証についてもいろいろと議論をされたようで、「事業用の」融資の保証について第三者が保証する場合は、「公正証書」で契約書を作らないといけなくなりました。(十分だとは到底思えませんが)こういった制度で、少しでも勘違いして保証人になる人が減ればと、願ってやみません。

なお、民法改正が実際に施行されるのは2020年前半の予定で、それ以降に行われた契約について、この改正民法の規定が適用されることになっています。詳しくは、こちら↓

 

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2017-09-05 21:14:00

ほのぼの法務事務所の、新キャラクターが出来ました。

 ほのぼの法務事務所の、新キャラクターが出来ました。

 

 頭にある「ほ」は、「ほのぼの」と「ほうりつ(法律)」をかけています。

 決して完璧な優等生ではないのですが、それでも一生懸命法律の勉強をして、何とか社会の役に立ちたいと頑張っている、「ほの君」です。

 どうぞよろしく、お願いいたします。

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2017-09-03 11:03:00

親の面倒をみてきた人と、そうでない人との間で、相続分は平等でいいのか?

例えば、ご長男一家が長年にわたり、父親の面倒をみてきた一方、次男はまったく関与してこなかった。それでも、父親の相続の際に、長男と次男は相続では全く平等になるのでしょうか?

 

この点、法律の構造では、例えそういった事情があったとしても、原則として平等です。

 

ただ、この場合の事情を全く考慮しないかというとそうでもなく、「寄与分」(民法904条の2)という制度があります。

これは、

1:共同相続人による寄与行為であること

2:寄与行為が特別の寄与であること

3:被相続人の財産の維持または増加があり、寄与行為との間に因果関係があること

という3つの条件を満たせば、「寄与」をした相続人に、特別に多く財産を分配してあげよう。という制度です。

 

しかし、残念なことに、この「寄与分」というのは、実務の運用の中で、あまり簡単に認められるものではありません。(よっぽど腕利きの弁護士に頼まないと、なかなか獲得できないと思います。)

というのも、上記2の条件にあるとおり、寄与分というのは単なる「寄与」があっただけでは認められません。「特別の」寄与というものが必要なのです。そして、「特別の」寄与というからには、世の中の平均的な家庭で行われている程度の両親の介護やお世話ではなかなか難しく、例えば「無償」で「専属的」に介護し続けたとか、「普通の家族ではそこまではやらないよね」くらいまでいかないと裁判所で「特別の」寄与として認めてもらえないからです。しかも、その金銭的評価も、介護系の「寄与」では、裁判所で認定された介護の日数×ヘルパーさんの日当相当分くらいなので、何千万という金額が動くことがある相続の場面では、えてして「ほんのちょっとにしかならなかった。」というイメージで終わってしまうこともたくさんあります。

 

この点については、色々な意見があるかと思います。家族が家族の面倒を見るのが当たり前だという価値観で考えれば、今の裁判所の態度もうなずけなくもありません。

ただ、本当に今の社会の中で、その裁判所の価値観が、社会一般の「常識」なのか。。。

実際には、やっぱり家族とはいえ、しっかりと面倒みた人には、その分きちんと多く分配するような制度にした方が、かえって相続がうまくいくのではないか。。。

そんな気がしてならない今日この頃です。

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